第二部 信仰と理性論 | 星加弘文 |
『純粋理性批判』までの哲学史的状況は以上のようである。物質の否定による外界存在への不信(バークリ)と、因果律の否定による科学的認識への不信(ヒューム)の克服が求められていたといえる。
このときカント自身の思想は、ライプニッツ―ヴォルフ哲学と呼ばれる体系の中に置かれていた。当時、カントが教科書として用いたバウムガルテンの『形而上学』は、存在論部門としての「存在論」を初めに配し、「宇宙論」「心理学」「神学」が形而上学部門として続くという構成になっていた。
この構成は、存在論において「実体と属性」「原因と結果」「一・真・善」といった認識規定をまず確立し、それを形而上学の各対象である宇宙、魂、神に適用して論じるという、中世スコラ哲学以来の伝統的な二部形式に則ったものであった。
宗教的環境に育ち、ルソーからも強い感銘を受けていたカントは、形而上学をひじょうに大切に考えていたが、それだけに、形而上学の学問的厳密化ということが彼の学問上の目標となっていた。
『純粋理性批判』を著す前のカントの最後の論文『感性界と可想界の形式と原理』(『純粋理性批判』の11年前)では、すでに『純粋理性批判』と同様に、空間と時間に関するニュートンの考えが受け入れられており、それらを「感性界(形而下)」のみに適用可能な形式とすることで、例えば「すべて存在するものはどこかにいつか存在する」といった形而上学命題を、空間・時間規定が混入したものとして「可想界(形而上)」に関わる命題から追放するというようなことを行っていた。
しかし、『純粋理性批判』以前のカントの思想は、総じてライプニッツ哲学に従うもので、ライプニッツが「推論の真理」の原理とした同一律と、「事実の真理」の原理とした充足理由律(因果律)は、カントにとっても、形而下の原理であると同時に形而上の原理でもあった。
特に、因果律は、経験において知られる「事実の真理」にすぎないものの、それは人間の知識が有限であるためであって、形而上においては、神の知性の分析的真理として働いているというライプニッツの考え(Section2-1)は、カントにそのまま引き継がれており、このときまで彼は、形而上学が厳密な学問として存在しうることについて疑いをもっていなかったといえる。
このような思想状況の中に、ヒュームの因果律議論が割り込むことになる。カントは「独断の微睡(まどろみ)から眼ざめさせ」
因果律が不確実であるということは、一般世界における学問と科学を不確実とするだけではなく、神を世界の「第一原因」として教えているような形而上学を無効とするものでもある。
経験世界についての認識に関しては、たとえそれが確実さを持たなかったとしても、観察から知識を得ることが可能であるから、経験学問が全面的に崩壊するということは起こらないが、形而上学は理性による認識以外の方法を持たないと考えられるため、もしその方法が不確実であるということになれば、形而上学の拠って立つ基盤は完全に失われることになる。実際、ヒュームは『人間悟性論』に「スコラ形而上学の書物を火に投ぜよ」と書いていたのだった。
以上の状況を『純粋理性批判』への課題としてまとめると次のようになる。
ヒュームは、原因―結果の現象が「必然的結合」という知覚観念を伴うものではないことから、必然的関係を含意するものとしての因果律は経験から知られるものではないこと、またそれは、論理的な根拠―帰結という関係でもないことを明らかにしていた。このことから、カントにおいて因果律は先天的原理であることが要求されることになる。というのも、確実な原理は論理的か先天的かのいずれかでなければならないとされているからである。
また、因果関係とは、ヒュームが明らかにしている通り、原因の中に結果が含まれる分析的関係ではなく、原因に結果がつけ加わるという、いわば二つの事象を総合する関係である。因果律のこの総合性によって、我々は原因から結果を予測したり、結果から原因を推定するといった認識の拡張を行うことができることになる。
したがって、因果律は、論理的な「推論の真理」によっては説明できないものである。「推論の真理」は同一律を判別原理として、主語概念の分析から真である命題を作りだすものであり、我々の認識を拡張させる原理ではないからである。科学的認識には、認識の拡張が必須であり、しかもそれは確実なものとして行われることが求められる。
これらのことから、因果律に関するカントの課題は、「先天的でしかも総合的であるような原理としてそれを証明する」ということになる。言いかえれば、確実でしかも認識拡張的であるような認識の原理を示すということであり、そのような認識の可能性が証明されなければ、形而上学だけでなく経験科学の土台までが揺らいでしまうということである。
したがって、カントが『純粋理性批判』において背負った課題とは、まず、科学的認識への不信に対するものとして、
(1) 確実であってしかも拡張的であるような認識が可能であることを明らかにすること
次に、
(2) その認識は外界存在の否定を招くような観念論としてではなく成立するのであること
加えて、カント本来の目的であった、
(3) 形而上学を新たに再興する
ということであった。
カントはこの課題をどう果たしたのか。カントは、(1)と(2)を果たすために(3)を断念したのだといえる。このときカントが、(1)の拡張的であり確実な認識の可能性という課題を果たす方法は、先に、彼が『感性界と可想界の形式と原理』において行っていたことの再履行である。
カントは先の論文において、それまで形而下および形而上の共通原理とみられていた「空間」と「時間」を、形而下についてのみ適用可能な認識原理とすることで形而上学の厳密化を試みていたのだったが、ヒュームの懐疑論に対しては、やはり、このときまで形而下と形而上の共通原理と考えられてきた「因果律」(充足理由律=すべての結果には原因が先行するという原理)を、ただ形而下においてのみ適用可能な原理とすることで、伝統的形而上学を完全に放棄する代わりに、経験世界における学問的・科学的認識が確実性をもつことの哲学的基礎を与えようとしたのである。
これによって(3)の形而上学は不可能となった。因果律を形而下のみの原理とすることで、形而上学は原因―結果関係において論じられるような、世界、魂、神といった対象を持つことができなくなったためである。しかしカントは、既存のこれら「対象を持つ形而上学」に代わって、対象を持たない新たな形而上学を創設することになる。
それは、我々自身がそれを初めて生みだすのであるようなものに関わる形而上学、つまり我々の意志や行為がそれを実現するところの「あるべきもの」に関わる形而上学、すなわち道徳としての形而上学である。
また、(2)の外界の実在性の確保という課題に関しては、(1)の実行において経験と実在の意味を根本的に変えることによって実現した。これについては、次段以降で『純粋理性批判』の中心思想の把握とともに理解していきたい。