Part 1  The Theory of Faith Hirohumi Hoshika

Chapter 3 Establishment of the Apostolic Faith (5)

Review 2 Bultmann's Incorrect Formulation

As seen earlier, Bultmann's problem statement and the solutions proposed by his disciples did not align. This difference stems from the fact that Bultmann attempted to address the issue from an existentialist standpoint of "historical facts do not give faith," while the Bultmann school adopted a historicist stance of "historical facts do give faith".

ケーゼマンらは使徒の信仰はイエスから得たものであるという理解に立ち、イエスの宣教内容を明らかにすることが使徒的信仰の理解につながると考えたが、ブルトマンは、使徒たちがイエスを眼前にし続けながらも確たる信仰に到達しなかった点を重視した。ブルトマンにおいて「史実は信仰を与えない」とは「イエスは使徒的信仰を与えなかった」という意味である。

「二つの教えの不連続」という問題は、一世紀当時の弟子たちの身においては現在的問題であって、現代の我々の視点からすればイエスの史実問題すなわちイエスの「過去性」が片付いたところで起きている。

したがってそれは史実問題を解くことによっては解けない問題であって、この点を理解するブルトマンの立場においてこそ解かれなければならない問題だったのである。

しかしイエスの教えと使徒ケリュグマは不連続のままに残された。ブルトマンはイエスの教えと使徒の宣教をつなぐものを、同僚ハイデガーの哲学の影響の元に、使徒の主体的決断に見ようとした。この主体的決断はある種の「飛躍」を含むものであるため、イエスの教えと使徒ケリュグマはむしろ断絶していてよいことになったのである。

この結果、ブルトマンは使徒的信仰の考察を通じてある特異な信仰観を得ることとなる。彼にとってはこの信仰が、イエスの教えと使徒宣教の不連続をつなぐものとなるのだが、その信仰とは以下のようなものである。

「信仰がケリュグマ(使徒宣教)への応答にほかならないこと、そしてケリュグマは語りかける神の言、問いかけ、約束し、さばき、恵みを与える言にほかならない(略)ケリュグマの諸命題は、ケリュグマを自分の状況における語りかけの言としてさしあたりは問いかけとして、要求として理解し得る者にのみ理解可能なのである。」[1]

「宣教の言葉は、われわれがそれに対して認知証明の問を提出しうるようなものでなくして、われわれが、それを信ずることを欲するか、それとも欲しないかという問をわれわれに発しているところの神の言として、われわれに出会うのである。」[2]

「イエスの言葉は、徹底化された律法と徹底的な恵みとの間の逆説的統一、および先鋭化された要求と罪人たる人間の無限の受容との間の逆説的統一を教えており、また隣人に対する人間の開放性と神に対する人間の全面的な依存性との間の『対位法的構造』を教えているのである。」[3]

「信仰とは、従って、躓きの克服である」[4]

ケリュグマとは我々に信仰を要求する使徒の問いであり、「徹底した審きと無限の恵み」という逆説によって我々の理解を拒むが、信仰はその躓きを克服するところに生じる。ここにブルトマンが考える信仰構造は明確である。

ブルトマンにおいて信仰とは「宣教の言葉に対する信仰」であり、それは「ケリュグマ」と「主体的決断」の二者において完成している。イエスの役割の存しないことは、この二者からなる信仰構造がもたらす帰結であって、Chapter 2-Easy Study 3に紹介したブルトマンにおける「イエス不要」は、この信仰観において当然のものといえる。

使徒のケリュグマは人間イエスを神のキリストとするキリスト論信仰の表明である。宣教はこの逆説を人々に与えることによる信仰伝達の試みである。我々において信仰が成立するのは、このケリュグマを聞き、その逆説性と矛盾を克服して主体的決断を敢行することにおいてである。

宣教という神から人間への呼びかけであるものを「逆説」と「矛盾」、すなわち人間にとっての無理難題とみることは、カントの「現象と物自体の分離」思想に沿ったもので、この点ですでにブルトマンの信仰理解が保守主義を離れたものであることは明らかである。

しかし、ここで捉えられるべきブルトマンの信仰理解の不適切さはこの点にあるのではない。というのも、たとえ使徒のケリュグマが分かりやすいものであったとしても、そのことがイエスの教えとの不連続を解消することにはならないからである。

断絶はケリュグマの逆説性にあるのではなく、使徒のケリュグマとイエスの教えが食い違っているところにある。ケリュグマをカントの物自体のごとく理解不能な逆説と見做し、それを飛躍によって乗り越えるということは断絶をそのままにしておくことにほかならない。

ここにあるブルトマンの信仰理解の不適切さは、彼のケリュグマに対する理解に発するものと思われる。というのは、彼は使徒のケリュグマを「教え」とみているからであるが、イエスの死後、イエスに代わる使徒が、聴衆に向けて語る第二の新たな「教え」がケリュグマであり、そのためケリュグマをイエスの「教え」と対比しているのである。

しかし、ケリュグマはブルトマンの言うような逆説的キリスト論なのだろうか。そもそもそれは「教え」なのだろうか。「イエスの教えとケリュグマの不連続」という問題においては、問題設定のこの最初の部分に疑問があるのである。[5]

仮に、「イエスの教説と使徒のケリュグマの不連続」という問題設定を、ブルトマンが述べる意味において承認するのであれば、すなわち「二つの異なる教えがある」という意味で承認するのであれば、その解決は「史的イエスの第二の探求」が行ったように両者の連続を求めることに限られるのは確かだろう。両者が「教え」という同じ枠組に入るべきものならば、師と弟子においてそれが大きく違っているというのはおかしい。それらはつながりあるものとして確認されなければならない。

しかし、ブルトマンの門下生たちによってその連続性が確認されたにも関わらず、ブルトマンの「それでもって何が到達されたことになるのか」との反論の有効性はなお否定できない。ケリュグマが持つ神聖性は史実研究によって明らかにされうるものではないとのブルトマンの主張は、信仰が持つ普遍性という観点から一部認められるべきであるし、また、もしイエスと使徒の教えが一致するものであるなら、イエス存命時に彼の教説が速やかにケリュグマ的信仰を使徒に生じさせなかったことの説明が困難となるのである。

それゆえこの方向に解決がないとすれば、この問題においては、初めの問題設定に誤りが含まれていた可能性、すなわち使徒のケリュグマが「教え」ではない可能性を考えてみなければならないのである。「イエスの教説と使徒のケリュグマの不連続」という問題設定そのものは認められなければならない。しかしそこにある不連続は「二つの教え」としてのものなのではないのではないか。

そこで、使徒が宣べたケリュグマとは何かということをあらためて確認してみたい。ペテロは使徒行伝において何を語っているのか。それは「教え」だったのか。これをみてみよう。